百人一首の”怖い唄”ーーあなたはこの唄に何を想いますか?
百人一首の中でも特に美しい純愛の唄として知られる一首があります。
「君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな」ーー藤原義孝
現代語訳にすると、
「あなたのためなら惜しくもなかった命が、あなたに出会った今となってはできるだけ長くあってほしいと願うようになりました。」
となります。
多くの解説はこの唄を、恋の喜びと生への目覚めを詠んだ唄と捉えています。
しかし、私はこの唄に一種の「怖さ」を感じずにはいられないのです。
その「怖さ」の正体を本記事では追っていこうと思います。
信仰に生きた歌人の二十一年|藤原義孝という人物
藤原義孝は、平安中期の貴族であり歌人で、中古三十六歌仙の一人です。兄の藤原拳賢と共に、容姿端麗で才能にも恵まれた人物として伝わっています。しかし、それ以上に彼を語る上でかかせないのが、その深い信仰心です。
彼は仏教、とりわけ阿弥陀如来への帰依を第一とし、極楽往生を強く願っていた人物だったとされています。公務中であっても法華経を唱えることを日課としていたり、葷腥1を断ったりしていたことからも、現世の命よりも死後の浄土を見据えて生きていたことが伺えます。
そんな彼が言う
「命が惜しくない。」
という言葉は単なる比喩ではなく、本心だったのでしょう。
「君」は人ではなかったのか|仏と人のあいだで揺れる解釈
ここで私はこの唄の新たな読みを考えました。
それは、この唄に登場する「君」ーーそれは最初、
阿弥陀如来のことだったのではないか2ということです。
信仰深い義孝にとって、命を捧げるに値する存在とは、想い人である前に帰依する仏であったはずです。「君のためなら命など惜しくない」という言葉は、極楽往生を願い、死を恐れず受け入れようとしていた彼の信仰告白としてむしろ自然に響く気がしませんか?
ところがーー出会い、恋を知ってしまった。
「君」の対象が、仏から、一人の人間へと移ってしまった。
そしてその瞬間、彼の死生観は根底から揺らいでしまったのではないかと考えました。
仏様のためならと、惜しくもなかったこの命が
少しでも長くあり続けてほしいと思ってしまったのだ。
恋が変えた価値観|「ながくもがな」に宿る輝きと翳り
「ながくもがな」ーー長く生きていたい。
たったその一言に、私は眩い希望の輝きと、不穏な翳りを感じてなりません。
死を受け入れていた人間が、生に執着し始めた。
極楽往生を第一としていた人間が、この世にしがみつきたいと願い始めた。
それほどまでに、恋とは人を変えてしまうものなのでしょうか。
これは美しい唄だと誰もが言うでしょう。それと同時に、篤い信仰心すらも揺るがし、人を陶酔させてしまう恋の危うさを、静かに、しかし確かに描いた唄でもあると私は思います。
二十一年という生|藤原義孝の最後に残るもの
そして最後に、私は一つの事実を添えなければなりません。
藤原義孝は、天然痘を患い、二十一歳という若さで亡くなっているのです。
この皮肉な事実を知った時、私はこの唄を、純粋な悦びに満ちあふれる唄とは読めなくなりました。
長くいきたいと望んだ願いは叶わず、しかし彼が捨てようとした信仰ーー阿弥陀如来への帰依ーーだけが静かに残されました。
恋に命を燃やし、恋に死生観を奪われ、そして若くして逝った男の唄。
あなたはこれを読んで、美しいと思いますか?それとも怖いと思いますか?
おわりに
百人一首の唄は、千年の時を超えて今も読まれています。
その理由は、単に「美しい」というだけではないでしょう。
人間の、どうしようもない部分
喜びも、弱さも、怖さも、
全てを正直に詠んでいるからではないでしょうか。
藤原義孝のこの唄は、そのことを象徴する唄の一つだと私は考えます。

コメント